糸繋ぎ、四季踊る 秋の章

2019年4月30日火曜日

糸繋ぎ、四季踊る

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春の章 夏の章 秋の章 冬の章


   1

「師匠! これでどうですか!」
「そんなに削ってどうするんだ」
 勢いに乗せた少年は、そのまま老人の返しで沈んだ。
 少年の手にはかろうじて人の頭だと分かるような木材が転がっている。ただし、そのサイズは片手の平に乗せて余るほどには小さかった。
「だ、だめですかね……」
「他のパーツもすべて同じサイズにできるのならいいが」
 そう言って、老人は自分が作った人形の手のパーツを置いた。すっぽりと少年が作った頭が握りこめるぐらいの大きさだが、指の先まで精巧に作られている。とてもではないが、少年の作った顔に合わせてこんな手を作ろうとしても、木を削る前に自分の指を削るのは確実だった。
「……、……無理です」
 少年は大きく脱力してため息をつく。すでに試作は数十を超えている。とりあえずそれらしい形を取れるようにはなったが、完成とするにはそれらはあまりにもお粗末だった。
「どうやってもうまくいかないんですよね……。ちょっと力いれたらがっつり削れるし、左右のバランスが悪くなるし」
「……そういうのは」
 少年の悩みに、老人は答えを返そうとして言葉をつまらせた。こういうときはなんと答えればよいだろうか。
「慣れ、だな」
「な、慣れですか……」
 老人の答えに、少年は途方に暮れる。慣れといわれても、ここまで数をこなしたうえで、さらに何を慣れろというのだろうか。もう少し具体的な答えがほしいと、少年は老人をちらりと見るが、すでに答えは出たばかりに老人は自分の作業に集中している。
 老人が作っているのは、少年と同じような木を使った人形だった。ただ普段彼が仕事で作っているものとは違い、本当にただ木材だけで出来たシンプルなものだ。全面綺麗な木目が浮き出ており、その変化が目に美しい。顔は鼻の位置ぐらいしか分からないが、それでも何かしらの感情が見える気がした。
「……飽きたのなら帰っていいぞ」
「え、いやっ……あ、そうだ、師匠は今何してるんです?」
「見れば、わかるだろう」
「わ、わかりますけど……」
その人形に、老人は一本一本糸をくくりつける。ただの人形が、マリオネットになっていく。
 その光景を、少年はじっと見つめていた。時折人形が出す物音だけが二人の耳に届く。
「……魂を繋ぐ、だ」
「え?」
 突然の老人の言葉に、少年は思わず聞き返した。
「糸で操るからマリオネットだ。……糸がなければ、ただの人形だ」
老人が人形を作りながら、そんなことを話すのは初めてで、少年はまじまじと老人の背中を見つめる。少年の視線を気にせずに、老人は一人作業を続けた。
 ほどけないように、しっかりと。強度を確かめるためにくいっと糸を引く。それをどんどん繰り返して、ようやくすべての糸が、人形に繋がれた。
「で、出来上がりですか!?」
「いちいち騒々しい」
「う、ごめんなさい」
 老人は軽く確認するように、糸をくいと引っ張った。老人の力加減にあわせて、人形の体に動きが加わる。先ほどまではただの木を組み合わせただけの人型が、人形として、マリオネットとして動きだした。
「糸があるから、マリオネットは生きる」
「……」
 老人が人形を動かすのを、少年はじっと見つめる。とてもつたなくて、よれよれの動きだったが、それはたしかに生きているように動いていた。
「こうやって動いているのを見ると、なんだか不思議な感じがしますね」
 感慨深いと、少年は呟いた。それから、自分の手の上にころがっている小さな顔に目をやった。どちらかといえば不恰好なその顔は、本当にただの木材でしかない。
「これと同じ木を削り取ったものなのに、なんだか全然違うんですね……」
 少年がそう言うのを、老人は黙って聞いた。それでも何か言葉を紡ごうとして、しかし、音が出ずにその口は閉じられる。その一連の動作は、幸いにも少年に気取られずに済んだ。
少年から逃げるように、老人は人形を持って立ち上がる。作業部屋の一角にある飾り棚に先ほどまで作っていた人形をそっと飾った。背の高い人形と、背の低い人形、着飾った人形の隣に、木面の人形が並んだ。
「あれ、そこに置くんですか?」
「これは、売り物じゃないからな」
 老人の言葉に、少年は少し首をかしげる。仕事として商人に買い取らせる人形と、家で飾る人形の差はなんだろうか。
「なんでか聞いていいですか?」
「誰かに説明しながら作った人形は売り物にならん」
「じゃあ、他の二体は?」
 ぴたりと、老人の動きが止まる。
 どうかしたのかと少年は立ち上がるが、それを制するかのように、再び老人は口を開いた。
「こっちのやつは単純に買い手がつかなかった」
 そう言って老人が指さしたのは、背の低い人形だった。
「そういうこともあるんですね……」
低い投身のその人形の顔は、一言で言うと不気味だった。どちらかというと、あまり人形らしくない気がすると少年は思う。人形へのほめ言葉に「生きているみたい」だとは言うものの、その本来なら愛らしいはずの女性型の人形は、自分の意思で動き出しそうな、そんな狂気を感じさせた。
「えっと、もう一体は?」
「これは……」
 背の高い人形を見て、老人はほんのり目を細める。少年には、老人の背中がどこかいつもより寂しそうに見えた。
「置いといてくれと頼まれた」
「誰に、ですか?」
 少年の問いに、老人は最後まで答えることはなかった。

 
   2
   
飾り棚から何かが飛び出して、音を立てて床に降り立った。暗がりの中で立ち上がったそれは、たしかに人間の、人形の形をしている。木だけで出来た人形は、あたりをきょろきょろと見回して、部屋の中を歩き始めた。
 作業机の上に飛び乗ったり、床の一箇所に集められた木屑に飛び込んでみたり。初めての遊び場に来た子供のように、その人形ははしゃいだ。棚や置物を曲芸のように渡り歩いて、人形は高いところへと登る。一番高い棚は人形作りの材料を仕舞っている場所で、そこからはあの飾り棚がよく見えた。
 丁度一直線、距離はそこそこあるが、ここからなら飛び移れそうだと人形は思った。棚の、ほんのわずかな幅を使って助走をつけて、木の人形は空中へと放り出す。
 これぐらいの距離、けれど残念ながら木でできた人形の体がその距離を飛ぶことはなく、重い体は地面に引き寄せられていく。
「よ、っと」
 床に叩きつけられた衝撃は、軽々と毛布によって受け止められた。少し古びているとはいえ、毛布ならば衝撃は周りに広がらない。
「困るね。さすがに壊れはしないだろうけど、あんまり大きな音を立てるとさすがのあの子でも起きてくるよ」
 そう彼を諌めたのは、いつかのように毛布を引きずってきたノッポの人形の姿だ。その後ろから、チビと小洒落た人形がそっと覗きこんでいる。
「な、なんだよあんたら」
「なんだはこっちの台詞! いきなり猿みたいに暴れまわってるんじゃないわよ!」
 じりじりと逃げ出そうとした木の人形に、チビの人形の怒号が飛んだ。小さく悲鳴を上げて、人形の動きが完全に停止する。
「さすがに、今のは怖すぎるね」
「怒らせるほうが悪いのよ」
 つんと横を向いて、チビの人形は言う。よほど腹に据えかねたのか、今回は本気で怒っているようだった。
「えっと、彼大丈夫?」
 小洒落た人形が、チビの後ろからこっそりと顔を出す。新参者が気にはなるものの、自分から近づくつもりはあまりないようだった。
「ちょっとびっくりしてるだけだから、大丈夫だろう」
 安心させるように、ノッポの人形が答える。
「さて、驚きの対面となってしまったが、はじめまして」
「……な、んだよ」
 ジェントルマン気取りでお辞儀をするノッポの人形に、木面の人形がじりと後ずさりをした。だが、毛布の上にいるせいか、うまく進むことができない。
「私たちは人形だ。そして君も。全部、あの子の人形だよ」
「あの子って誰だ」
 その問いに、ノッポはそっと自身の背中を指した。初めはそれを見て怪訝そうに首をかしげただけだったが、やがて彼は自分の背中に何かがあることに気がついた。
「糸?」
 光る細い糸が、すっと木の人形の背から寝室へと繋がっている。彼は試しにそれをぐいぐいと引っ張って見るものの、それはどこまでも伸びて手ごたえがまるでない。
「なんだよ、これ」
「君はあの子の人形で、人形だから心がない。それはあの子の心が君と繋がっているということだよ」
「……あんたらだって同じ人形だろ、なんでないんだよ」
「時が経ては自然と切れる。製作者といつまでも一緒ではないからね」
 ノッポの言葉に、木の人形はさらに首をかしげる。けれど、そのことが事実だとは分かっているようでそれ以上何も言わなかった。
「それにしても、見事な素面ね」
 チビの人形が、木の人形の顔を覗き込んで言う。顔を細部まで作られた彼女とはまるで正反対のようだ。
「そのほうがやりやすいと思ったんだろう。……あの子はあの子でちゃんと考えている」
「……ふん」
 なんのことかとは、誰も聞かなかった。同じ老人から生まれた人形たちは、そのことがよく分かっている。
「なあ」
「何か?」
「ぼくは「あの子」の心があるんだろう? でも、ぼくは何も知らないんだけど。昔何があったとかさ」
「あ、ぼくも」
「うわ、お前いつからいたんだよ」
「さ、最初からいたよ」
 真新しいふたりの人形が、口々にそうノッポの人形に訴えた。それを、ノッポは面白そうに聞いている。
「あの子について知りたい?」
「……なんか、感情がどこから来ているか知りたいだけ」
 彼の言葉に、ノッポは大きくうなずいた。横にいる小洒落た人形も興味深そうにノッポのほうを見ている。
「そうだね、それじゃあ……」
「やめなさい」
 話し始めた彼の言葉を、彼女の声が制止する。人間から不気味とまで言われたその顔がぎろりとノッポの人形を咎めるように見つめた。
「どうしてこんな状態で、過去のことを話す必要なんてあるのよ」
「そのほうがいいと思うからさ」
「私は、そうは思えない。あの子にとって、有益なことだとは思わない」
 チビの人形は、そう言って彼を責め立てる。しかし、ノッポの人形はそれに対して得に反応を示さない。ただ、じっと彼女を見た。
「なぁ」
 彼女の言葉に対応したのは、木面の人形のほうだった。目のない顔を、彼はチビの人形へと向ける。
「有益だとかどうかは、わかんないけど、ぼくには知る権利があると思う」
「……」
 思っていないところからの言葉に虚をつかれたのか、それとも別の理由か。人形に言われて、彼女はじっと押し黙った。
「君の懸念は分からなくないよ。だけれども、結果は誰に分かることでもないだろう」
 ノッポがそう言うと、今度こそチビの人形は何も言わなかった。彼女は彼らのことを見ることもなく、ひとり飾り棚へと戻っていく。それを黙って見送ってから、ノッポの人形は残されたふたりのほうへと振り返った。
「じゃあ、話を始めようか」
 

「ねぇ、似合っている?」
 白いドレスの女性が、綺麗な笑顔で男性に微笑みました。
 綺麗な髪を結い上げて、白いベールをかぶりながら、うれしそうに彼女は笑っていました。
 尋ねられた男性は、何も答えることができずに彼女のすがたをぼうと眺めています。
「ちょっと、何か言ってよ」
「あ、うん……にあ、ってる」
 少しふくれた彼女にあわてて、男性はそう言いました。
 顔を真っ赤にして、そう彼女に伝えました。
「あなたは本当に、言葉にするのが下手ね」
 言葉のわりに、彼女はどこか楽しそうに見えました。
「……すまない」
「いいのよ。そんなあなたが好きなんだから」
 なんとなく見ていられなくて、男性はそっと女性から目を離しました。それもおかしかったのか、さらに彼女は笑います。出会った時から変わらない、耳に心地のよい声でした。
「あぁ、そうだ」
 ふっと思い出したように、彼女が言いました。
「あなたがこの間作っていた人形はどうするの?」
「あぁ、あれは……あー……」
 男性が答えようとして、けれど何故か答えにくそうに言葉を止めました。
「いつもと違う感じだったから気になって。私、あの子が好きよ。あなたみたいでかわいいの」
 女性の言葉に、男性はひどく驚いて何も言えない沈黙が二人の間に流れます。気恥ずかしさと、嬉しさがすうっと胸にしみました。
「……なら、君が好きに飾るといい。ずっと、家に置く」
「それは楽しみね」
 記憶に残る彼女の顔は、いつも笑っていて。
 とても綺麗でした。


   3
   
「で、できた……」
転がったなりそこないの頭の中で、少年は興奮の声を上げた。服は木屑にまみれ、手にはいくつもの傷が見える。しかし、彼の手元には少し歪ながらもしっかりと完成した人形の顔があった。その人形の顔は、とてもおだやかな表情だった。
「……まだ、頭だけだ」
「う、ですよね……」
 老人に興奮をたしなめられて、少年は少し恥ずかしそうに、うつむいた。これ以外にもまだまだ、作らなければならないものはたくさんあるのだ。これだけで喜んでいては先が長い。
「……まぁ、お前さんにしてはよくやったほうじゃないか」
 落ち込む少年の耳に、老人の言葉に彼はぱっと顔を上げた。
 少し照れくさそうにしている老人の姿に、今の言葉が聞き間違えでなかったと分かる。嬉しくて、少年は顔をほころばせた。
「ありがとうございます! へへっ……」
「笑ってる場合じゃないぞ。まだ一つ目だからな」
「……はーい」
 げんなりと返事する少年を見て、老人は小さな笑みを浮かべた。





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