悪意なき微笑み

2018年12月22日土曜日

短編小説

t f B! P L
初出 2012.10.13 ツイッターリクエスト作品「砂漠のガラス」

「なぁ、本当にあると思うか?」
「……知らない。あるって聞いただけ」
 無感動な相方の声音に、少年は肩をすくめる。
 生まれ故郷を旅立って早十日。未だにこいつのことはよく分からない。
「無責任だな。見つからなくて困るのはお前だろ」
「困る。けど、事実は事実。私はそのまま言っただけ」
「……ハイハイ」
 全く、どうしてこんな変な奴とよりにもよって砂漠の中を彷徨わなければならないのか。
 砂漠の太陽がじりじりと二人を照り付けていく。
 大自然から与えられる、無期限の罰。
 人が神のテリトリーに入るなという、一つの警告。
 ここまで分かりやすい警告だ、従えるものなら従いたいと少年は恨めしそうに太陽を睨み付けた。
 少年――イハラの家は貧乏だった。
 父は死に、母と自分の二人。日に三度の飯は食えず、それどころかその日の食い物にさえ困る日々。
 それでも母と力合わせて働き、生活を保ってきた。
 決して裕福ではないが、かといって不幸というわけではない。
 イハラはなんだかんだ言って、この生活を気に入っていた。
 しかし、先月に母が死んだ。大したことはない、ただの流行り病だ。
 だが、金のないイハラたちには治療代を払うことなど到底不可能だったというだけで。
 とはいえここまではよくある話だ。
 実際イハラも母の死を悲しみはしたものの、これからの生活について悲観はしなかった。
 目の前の少女に会うまでは。
「……なぁ」
「何?」
「お前なんでオレに声かけたんだよ」
 イハラの問いに、少女はこちらを振り向きはしない。
 ただずっと前を向いて砂漠の中を突き進んでいる。
「……単純そうだったから」
「オイ」
 喧嘩を売られたと見ていいだろうか。
「あと、あなたが一番信じてくれそうだったから」
 虚を突かれ、イハラは一瞬固まった。
 幸運なことに自分が悪人だと思うような人生は歩んできていないが、かといって善人ではないとも思う。
 信じてくれそう、という印象が出るタイプの人間ではないと思う。
 イハラは不思議そうに、前を行く少女を見る。
 故郷でたまたま出会った少女。
 最初の一言は「私に付き合ってほしい」だった。
 そしてほいほいとそれに付き合った結果、貴族の屋敷に潜入。
 お宝を奪い去ろうとしたところを警備隊に見つかり、二人そろってお尋ね者だ。
「まったく、なんでこうなったのだか」
「あなたが、私についてきたから」
「…………そう、だけど」
「あなたこそ、何故私について来たの?」
 イハラは苦い顔をして目を逸らした。
 言えるわけがない。美人だったからホイホイついて行きました、など。
「……オレのことはいい。それより、お前はなんでこんなことをしてるんだ」
 貴族の屋敷に忍び込んだり、伝説上の存在を探したり。
 少なくとも、自分とさほど変わりない少女が自分からすることではない。
「探してる」
「……何を」
「仲間」
 何を言い出すんだこの子は。
「貴族の宝や、あるかどうかも分からないガラスが?」
「そう」
 付き合いきれるか。イハラは素直にそう別れを告げたい気持ちになった。
 しかし、今の彼は故郷を失った無一文。
 少女の探す『砂漠のガラス』にかけるしか、生きるすべは残されていない。
 とは言え本当に実在するのだろうか。
 砂漠の中で自然とできる、純度の高いガラスなんて代物が。
「嘘くさいよなぁ」
「でも、さっきの集落の人は言ってた」
「キラキラしてスーっとしててすごくいいもの、な」
 なんだそれ、と口を挟みたかったが、双方真面目に話し込んでいたのでそれはさすがにはばかられた。
「草の中にあるって。いっぱい草のあるところ」
「そもそもこんな砂漠に植物なんて生えるわけないだろ……」
 やっぱり嘘つかまされたんじゃないのか。ここまで歩いてきたのが全部徒労に終わるかと思うと、イハラは正直倒れそうだ。
「おい、やっぱり諦めたほうが……」
「あ」
「うおっ」
 急に少女がぴたりと立ち止まった。
 それに合わせて、イハラも体を急停止させる。
「なんだよいきなり……」
「あった」
「は?」
 イハラの抗議も聞かず、少女はじっと真っ直ぐ前を見据える。
 仕方なく、イハラもそれに倣った。
「……マジかよ」
 目の前に広がる砂の色。
 変わり映えの全くしないそれの中に、ぽつりと見える緑。
 聞いた通り、草だ。植物だ。何かを包み込むような形をした見たこともないほど大きな植物が、二人の目の前に現れた。
「あった、あった」
「おい、待てよ」
 はしゃぎながら、少女はその謎の植物へと走っていく。
 イハラもあわててそこへ駆け寄った。
「ねぇこれどうやって開けるのかな?」
「まだ安全かどうかも分からねえのに触ろうとすんな、って」
 イハラの制止は遅かった。少女は好奇心のままにその植物へと手を伸ばす。
 包み込まれた葉の部分。そこに振れた瞬間。それが二つにぱかりと割れた。
「うあああああっ」
 ここしばらくはまともに聞くことのなかった、流れ出たものの音が盛大に耳を打つ。
 服がそれを全て吸い取りとてつもない重量を発生させる。濡れる衣服を持って緩慢に腕を振るいながら、イハラは叫んだ。
「これの、どこがガラスだって!?」
 植物の中からあふれ出たのは、大量の水。
 どうやらこの植物は砂漠地帯にわずかに降る雨を貯める性質があるようだ。
「ガラスじゃなかった」
「見れば分かるっ」
 キラキラしてスーっとしてすごくいいもの。
 なるほど、太陽に照り付けられた水はキラキラ光るだろうし、水を浴びればスーっとした気分になるだろう。
 砂漠という降雨量の少ない場所では、水は何よりの宝だ。
「仕方ない、今回は失敗」
「仕方ないで済むか!」
 振り回された身としてはたまったものではない。
「次は別の物を探す。……何がいいかな?」
「オレに聞くな、二度と付き合わねえからな」
 吐き捨てるようにイハラは言う。
 すると、ずっと前しか見ていなかった少女が、覗き込むようにイハラの顔を見た。
 彼の眼前に、整った少女の顔立ちが迫る。
「イハラ、一緒に来てくれないの?」
「っ! ……」
 少女と出会って、付き合うことになった原因をイハラはふと思い出した。
 ちくしょう、この悪魔め。
「わーったよっ。行けばいいんだろうがっ」
 イハラがそう言うと、少女はにんまりと口角を上げた。
 悪魔の笑みだ。そう思いながらも、イハラはその顔から眼を逸らすことができない。

 これから先のことを思い、イハラは自分の将来を悲観した。
 自分は一生、この少女から逃れることはできないのだろう、と。

Novella

糸繋ぎ、四季踊る
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