火祭り

2019年2月28日木曜日

短編小説

t f B! P L


初出 2011年 部誌

「みてみて! あれすっごい!」
 興奮した様子で、一人の少女がある一点を指さしながら叫んだ。少女が指さした先にあるのは一軒の家の窓。そこには小さな鉢植えが飾られている。
「なんだろうね、あれ。なんかみどりのばらみたい」
 彼女は必死に隣にいる少年に声をかけるが、少年のほうはまるで興味がない。
「みどりのばらなんてないよ。それよりはやくかえろう。おれつかれた」
「みたい、っていってるだけじゃない。もう、そんなんだからゆーたはだめなんだよ」
 少女の言葉にゆーたと呼ばれた少年はムッとするが、なにも言わずに留めておいた。この幼なじみになにを言っても無駄なことは自分が一番よく知っている。
「ねぇあれいったいなんなのかな? みどりのおはななんてめずらしいけど、あれはおはなじゃないみたい」
 少女に言われて、ようやく少年はその"みどりのばら"とやらを見た。たしかに鉢植えの土ギリギリから花が出ているし、普段見慣れた葉っぱや茎も見あたらない。妙な植物だ。
「あれもしかしてはっぱなのかな? あきになったらばらみたいないろにならないかなあ」
「もみじじゃないし、ならないよ」
 少年は素っ気なく言うと、一人帰り道を歩きだした。少女にあわせる気などない。
「あ、まってよ! もう……」
 慌てて少女は少年の背中を追いかけた。仕方なさそうに少年が少しだけ速度を落とす。
「ねぇゆーた」
「……なんだよ」
 ぶっきらぼうに答える少年に、少女はニッコリと微笑んだ。
「もしわたしのいったことがほんとうだったらどうする?」
「は?」
 少女の言葉に少年は首を傾げる。
「もしほんとうにあのみどりのばらがほんものみたいにあかくなったらどうする?」
 バカらしいといった顔をして少年は少女に言葉を返す。
「あるわけないだろ」
「だからもしよ、もし!」
 そう言うと少女は少年を一気に抜かし、目の前の坂を駆け上がった。少年も負けじと追いかけるが、少女の方がスタートダッシュが速かった分、追いつけない。坂を上りきってから、少女は立ち止まった。
「……ねぇ」
 いつもと違う少女の雰囲気に少年は戸惑う。
「もし、わたしのいったことがほんとうだったら、そのときは――」
 
 脳裏に浮かぶのは幼い自分と彼女の姿。
「お…ろ……き……」
 無邪気だった彼女が幼い頃にした約束。あの言葉の続きは、確か――
「いい加減に起きろ桐谷裕太!!」
「っわぁあああ!」
 いきなりの怒鳴り声に驚いて俺は椅子から立ち上がった。そして、今自分が置かれている状況を瞬時に把握する。
「授業中に寝るとはいい度胸だなぁ、桐谷ぃ」
「えっと……ははは……」
「罰として、今週一週間クラス掃除はお前一人でやってもらうからな」
「げ……」
 クラス中から歓声が上がる。特に今週掃除当番だった連中の盛り上がりはすごいものがあった。
「いや、でも先生、俺一応部活が……」
「お前が寝てたのが悪いんだ。しっかりやれよ」
「う……」
 クラス中から野次が飛んでくる。薄情者め、と俺は胸の中で悪態をつく。
「よーし、授業を再開するぞ。桐谷、この問五を解いてみろ」
「……げ」
 クラスメイトの笑い声に包まれながら、俺は深いため息をついた。

「で、こっちに来るのが遅れたと」
「……悪かったよ」
 一通りの掃除を終えて、ようやく俺は部活に顔を出せた。そして当然のごとくこの園芸部長に尋問を受けている。
「……馬鹿っぽい」
「うるせーよ、綾香」
 授業中に見た夢の少女と同じ顔した園芸部長は、物心付くころから一緒にいる、俺の幼馴染だ。今も昔も、俺はこいつに頭が上がらない。
「まぁいいわ。やっとこっちの方にも顔出してくれたんだし」
 そう言って綾香は笑った。なんというか、にやりって感じで。
 綾香は部室の棚から何かを取り出すと、俺の前にそれを差し出す。
「見てこれ! この間ようやく綺麗に色が変わったのよ」
 綾香が取り出したのは一つの鉢植えだ。そこに植えてあるのは、赤い、薔薇のような植物。夢で見た「みどりのばら」と同じ種類の植物だ。あの時は、これがなんなのか検討もつかなかったが、今なら分かる。多肉植物の一種、通称「火祭り」だ。
「……そうか、もうそんな時期だったか」
 多肉植物もモミジやイチョウなどと同じように紅葉する。紅葉し、ひときわ美しい赤い色を出すのが火祭りの特徴だ。
「大変だったんだよ、手入れとかさ。裕太が全然来ないから私一人だったし」
「いい加減、俺以外の部員を見つけろよ」
「できるもんならやってるわよ」
 それもそうだ。俺は綾香の手にある、火祭りを眺める。よく見る紅葉植物のそれと違い、火祭りの色はどこまでも鮮やかだ。まるで、赤い薔薇のように。
「っ、なんだよ」
 ふと顔を上げると、笑顔を浮かべた綾香がいた。夕日に照らされたその笑顔は、驚くほどに綺麗だ。
「ねぇ裕太」 
夢で見た景色が蘇る。それはつまり、昔の記憶だ。その時と同じ顔で、彩愛は俺に問いかける。
「昔約束したの覚えてる?」
 もし、みどりのばらが、火祭りが赤く染まったら……。
『そうなったら、ずっとわたしといっしょにいてね』
「……忘れた」
「あっひっどーい、なんで忘れるのー!」
「っるせぇよ! だいたいお前もあんな約束してて恥ずかしくねえのかよ!」
「それは……だって……、ってやっぱり覚えてるじゃない!」
「忘れた! 今忘れた!」
「今ってなによ今って!」
 燃えるように赤い火祭りを視界に入れながら俺は思った。
 今の俺らの顔は、あれぐらい赤くなっているんだろうな、と。

Novella

糸繋ぎ、四季踊る
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