熱い夜の話

2019年2月28日木曜日

短編小説

t f B! P L


初出 2012.10.17 友人リクエスト「お風呂上がって布団に潜って寝るまでの話」
 
 熱い。熱すぎる。

 ほわほわと湯気を出しながら、私は手早くバスタオルを纏うとそのまま自室へと駆け上がった。
 今の気分は茹で蛸。きっと体は真っ赤っか。
 昔から、風呂に入るということほど嫌いなことはなかった。
 別に体を綺麗にすることが苦痛というわけではなく、熱い風呂場にずっといるのが嫌いなのだ。
 湯船がなくてもシャワーさえあれば目的は果たせるし、別に出すのはお湯じゃなく水でもいいだろう。
 幼い頃から親に訴え続けていたが、あいにく両親には全く理解してもらえなかった。
 それどころかそうするのが当然とばかりに、うちの温度設定は四十二度。
 それより下げるのは許されない。
 おまけに風呂場全体に暖房までかけるので、扉をくぐればそこはさながらレジャー施設のサウナだ。
 こんなのに耐えられるうちの家族の神経が信じられない。
 裸にタオル一枚という、年頃の女としては許されない格好のまま私は部屋の窓を全開にする。
 夜風がざっと部屋に入り込み、私の体を冷やした。
 ふうと息を吐き、ようやく落ち着く。
 別に私だって、好きでこんな体質のわけじゃない。
 この忙しい現代日本で何が悲しくて風呂の時間ですらわたわたと急がなくてはいけないのか。
 生活に不便はない。
 学校の勉強にもついていってるし、友人関係も良好。
 家族とだって、基本はうまくいってる。
 だが、この件に関してだけは理解してくれたことは一度もない。
 何度か無理矢理公衆浴場にまで連れて行かれたぐらいだ。
 当然、私一人途中でギブアップをした。
 一回だけ母親に病院に連れて行かれもしたが、特に異常は見つからなかった。
 問題の重要度すら周囲の人には全く理解もされない。
 病院で異常なしの太鼓判を押されてしまってからはなおさらだった。
 ――たまに、思うのだ。
 私は人間じゃないんじゃなかろうかと。
 たとえば私は雪女の末裔か何かで、うっかり今の両親に拾われてしまったとか。
 はたまた生まれ変わる前に地獄の大釜で茹でられた記憶が残っているだとか。
 それこそ二、三年前は本気でそんなことを考えたものだ。
 今思えばあまりにも馬鹿らしく、よくそんなことを考えたとさえ思う。
 そろそろ冷えてきたと思い、私は窓をぴしゃりと閉めた。
 本当に雪女だったら、夜風に冷えるということも思わないだろうと自嘲気味に笑う。
 やっぱり自分はただの人間で、その上でイレギュラーな存在なのだ。
 
 いつまでも裸のままでいるわけにもいかず、私はそっと寝間着に袖を通す。
 体の火照りはすでになく、これならぐっすりと眠ることができそうだ。

Novella

糸繋ぎ、四季踊る
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