初出 2014.04.09
ゆっくりと力を失っていく四肢。
失われていく体温と、遠ざかる痛覚。
それは確実に近づく、死の気配。
「ぁ……、は……」
空気が体から漏れる。言葉が出ず、ただ意味のない風の音だけが流れ出ていく。
思えば、つまらない人生だった。
農業の人手として産み落とされ、不作が続けば容易く捨てられる。
親の情のなど覚える時間もない。最後に別れの場所へと手を引かれたこと以外では、家族の体温にふれることすらなかった。
”時代が悪い”
そうやって大人たちの言葉で片づけられて。実際犠牲になる俺はなんなのだろう。
誰にも必要とされず、省みられず、ただ一人森の奥で朽ちる俺は、なんなのだろう。
(いたい……)
この痛みを、忘れたくない。
坂を転げた痛みを。野犬に襲われた痛みを。傷口が膿んでいく痛みを。
突き刺さる、胸の痛みを。
忘れてしまったら本当に自分は、この世界から消えてしまう。
「生きたいか」
聞こえなくなったはずの耳に、声が届いた。
鈴のような、高く、力強く、それでいて優しい声。
気のせいだと、思った。
「生きたくないか、少年」
それなのに、また鼓膜が震える。
鈴のような女の声が、脳を揺さぶった。
(いきたいか……)
この、何もない世界で。
痛みを持って、生きたいか。
朦朧とする頭が、たった一つの答えを導く。
「ぃ……、ぇ、ぃ。き、ぇ……た、……く、な、ぃ」
消えるのは、嫌だ。
自分がなくなるのは、嫌だ。
何も感じなくなるのはーー嫌だ。
「消えたくないか、なるほど」
霞ゆく視界の中で、女がかすかに笑った気がした。
「望みを叶えよう少年。君の存在は消えず、残る」
自信にあふれた女の声が、やけに強く耳に残った。
その日、少年は「死者」となり、「生者」へと下った。
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