あこがれの生活

2019年2月28日木曜日

短編小説

t f B! P L


初出 2014.04.08

 駆け抜ける駆け抜ける駆け抜ける。
 長く細く、続く道をどこまでもどこまでも。
 そうしてたどりついた先はきっと――
 
「て、日本にいる限り素敵な場所になんてたどり着けるはずもないんだけどね」
「ゆ、夢がないね歌穂ちゃん……」
 行きつけのカフェのマスターが苦笑するのを薄目で見ながら、彼女は自嘲的な笑みを浮かべる。
「だってそうじゃない。もともと山、山、山で大して土地のとれない国なのにちょっとでもいい景観やら古い物があればなんでもかんでも観光地よ。誰も知らない秘密のお花畑ーなんて望むべくもないわ」
「まぁ、一理ある、かな」
「そもそも田舎は見通しよすぎて先への楽しみなんてまるでないし、都会のビルジャングルで走ったら事故るかやーさんに絡まれるのがオチよ」
「さすがにそれは都会のイメージがすさみすぎてない?」
 そんなマスターの抗議はさくっと無視して、歌穂は残っていたコーヒーを飲み干した。古くさい田舎に店を構えているくせにここのマスターは腕がいい。
 コーヒーの味なんてほとんど分かってないけど。
「じゃあ山に行くのは? 絶景がみれると思うけど」
「山で駆け抜けるほどの速度で走ったらコケて最悪死ぬじゃない」
 それもそうか、とマスターは笑う。
 そんなマスターにむくれながら、歌穂は二杯目のコーヒーを要求した。
「あーあ、早く大人になりたいなぁ。そしたらこの国から出れるのに」
「大人になったからって、自由にできるわけじゃないけどね」
「こんな利益度外視のカフェやってるマスターに言われたくないわよ」

Novella

糸繋ぎ、四季踊る
春の章/夏の章/秋の章/冬の章

このブログを検索

QooQ