夜の子供

2019年2月28日木曜日

短編小説

t f B! P L


初出 2013.07.02

「王様ー王様ー」
「またお前か」
 とある一国の王城、その最奥たる王の私室には毎夜一人の子供が迷い込むという。
 年の頃はまだ十に届くか否か。
 目鼻立ちは整っているが、傷や泥が多く美しい銀色を放つはずの髪はいつも薄汚れていた。
 本来ならば、国の主たる王と謁見など夢のまた夢。
 いや、夢に見ることもないだろう。
 王の身姿も、その暮らしも彼にとっては想像もできない領域であるに違いなかった。
 では、なぜそのような子供が毎夜私室にもぐり込んでいるのか。
 またなぜ王はそれを咎めないのか。
 もちろん、ただの善意などではなかった。
「それで、今日はなんだ」
 椅子に腰かけつつ、王はその子供にも椅子を勧める。ついでに上質なタオルをも手渡した。
 ただの珍客にしては破格の待遇と言えるだろう。
「ふふーん今日はすごいよ。昨日までとは格が違うよ」
「いいから早く本題に入れ」
「ぶー」
 拗ねる子供に、王はため息をこぼした。
 だが、その言葉ほどに疎んじているようには見えない。
「あのね、――もうすぐ戦になるよ。もうすぐって言ってもあと少なくとも半年はかかるだろうね」
 部屋の空気が変わる。
 ぴんと張りつめたその部屋で、だけど王と子供は何も変わらぬ表情のまま向い合う。
「ほう。どこである」
 彼の言葉の真偽を、王は問わない。彼の口から出ることで、嘘などはあり得なかった。
「安心していいよ王様。この国じゃない。もう少し上の方だ」
 具体的な国名を、彼は言わなかった。
 だが言われなくとも王には心あたりがある。
「出所は?」
「業界秘密。って言いたいけど今回は偶然。たまたま現場を見ちゃっただけ」
「そうか……」
「どうするの?」
 面白がるように、彼は王に笑みを向ける。
 そのことに、王は何も言わない。
 この場に置いて優位なのは、権力の長たる自分ではなくこの小さな薄汚い子供にあることを、王はしっかりと理解していた。
「そうだな。……少し噂を流してくれ。せっかくの機会だ、一枚噛んで儲けるのも悪くない」
 告げる王の言葉に、子供はにんまりと口角を釣り上げた。
 それは、王が彼の望む答えを出せたという証だった。
「さすが、そう来なくっちゃね王様」
 もらったタオルを適当に羽織り、彼はさっと椅子を下りる。
 そのまま窓へと近づき足をかける。今日はもう用がない、ということだ。
「じゃあね王様。……続きはまた明日に」
「来るならもう少し早くしろ。俺にだって都合がある」
「ちょっとは考慮するよ」
 それだけ言い残して、子供は夜の闇へと消えていった。
 彼の影が完全に見えなくなって、王は深くため息をつく。
 先ほどのものとは別種の、緊張がとけたような吐息だった。

 夜になると王のもとを訪れる、謎の子供。
 彼の事は王を除いて、誰もいない。

Novella

糸繋ぎ、四季踊る
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