黄昏の時

2019年2月28日木曜日

短編小説

t f B! P L


初出 2014.04.04

 夕方の薄暗い時間帯のことを「黄昏」というらしい。夜にはなっていないのに、夜のように遠くの人の顔が見えない時間。人の世界から、人ならざる者の世界へと変わる瞬間。世界と世界が、交差する時間。
 
 先輩にこってりと絞られた俺は、一人重い鞄を持って黄昏時の通学路を歩いていた。部活に一秒遅れたら追加筋トレ一時間。たとえそれがどんな理由であれ鉄の鉄則から免れぬことはできない。
 文化部よりも運動部! そうじゃないと就職に不利になるわよ!
 なんて、就活ノイローゼな姉に言われて無理矢理入った部活だ。興味もなければ力量もない。そんな調子でやっていると同学年の中でも浮くらしく、いつも部活帰りは一人だった。
「……やめてぇなぁ部活」
 いっそどっかにふらっと消えてしまえないか。マンガやアニメみたいに異世界行って勇者になって、とかどうだろう。ここ最近の筋トレのおかげでそこそこ体力はあるから補正さえあればなんとかなったりして……。
 
 ――その願い、かなえましょうか?
 
 ふと耳に入った声は、とてもきれいな女性の声に聞こえた。
「……気のせいかな」
 ちょっと妄想のしすぎだったかもしれない。こういうところがあるから友達ができないんだとよく姉になじられる。
 
 ――願い、叶えましょうか。
 
 気のせい、きっと気のせい。そんなこと、ありえないに決まっている。
 だから、その声にうなづくのもきっと俺の妄想だ。
 
 
 次に気がついた時、俺は母によく似た女性に泣きながら抱きしめられていた。母さんに比べるとどちらかというと背が高い。だからこの人は別の人なんだと、ぼんやりと思った。母さんは、よく背の低いのを気にしていたから。
「よかったっ! 生きてた。帰ってきてくれたっ」
 泣きじゃくる女の人を、俺は無感動に見つめる。
「ごめんね、ごめんね。私が、っ、おねーちゃんが、部活しろなんて言ったからっ!!」
 姉ちゃん? 女の言葉に、俺は思考の遠くで違和感を覚えた。
 ふと、自分の手に視線を移すと、そこには俺のではない見知らぬ男の手があるだけだった。

Novella

糸繋ぎ、四季踊る
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