熱い夜の話Ⅱ

2019年2月28日木曜日

短編小説

t f B! P L


初出 2014.01.29 大学の課題 人称変え版

 体についた水滴を軽く拭いてから、少女はバスタオルを纏っただけの姿で、まっすぐに二階にある自室への階段を駆け上がった。
 周囲の空気が、バスタオルを通して彼女の体をぬめりと触る。
 その感触よりも、その生暖かさが嫌で、部屋の扉を閉めるとすぐ少女はバスタオルを放り投げた。
 バスタオルの下から現れた体は肌の色としては赤みが強い。
 まるで茹で蛸のようになった体をそのままに、少女はベッドへと倒れ込んだ。
 布団の冷たさが体の熱を奪い、そのまま暖かみを少女の体へと返す。
 熱を避けようとベッドの上を転がってみるが、一人用のそれは狭くあっという間にどこも同じような感覚になってしまった。
 無駄だと悟り、少女は体の動きを止めて変わりに大きく息を吐く。
 それに合わせて布団に埋まっていく体の熱さに耐えきれず、少女はさっと体を起こした。
 昔から、少女は入浴という時間が好きではない。
 体を洗うのが嫌いなのではない。
 湯船に向かうことが面倒なわけでもない。
 ただ、熱い。そのことが少女はたまらなく嫌いだった。
 湯船に張られたお湯は絶対に四十二度。
 浴室には暖房がかけられ、ひとたび扉をくぐればレジャー施設のサウナ並。
 何度少女が訴えても家族にその願いが届くことはなく、また帰りの遅い父親の存在から、全員が入った後気に温度を下げるということもできない。
 家族の誰にも理解されない感覚を、少女は心の底から疎んでいた。
 もう一度バスタオルを巻いて、少女は部屋の窓を全開に開ける。
 タオルだけ、もどうかとは思うが何もないよりはいいだろう。本当は全部ないほうがいいと思ってはいるが。
 冷え切った夜風がさっと少女の体周りを通り過ぎる。
 先ほどまでほわほわ出ていた湯気がさっと消え、体の赤みが少しずつ元の色へと戻っていく。
 ふぅ、と息を吐き、少女はさらに風に当たる。
 熱いのが嫌いな少女の、唯一の安息の時間だ。
 気持ちの良い風に当たりながら、少女はじっと夜空を見上げた。
 夜空には星が数えられるほどしか見えず、必然彼女の視線は月に吸い寄せられる。
 月の魔力のような怪しさに、少女はここではないどこか遠くの幻のような自分について考える。
 ――自分は本当に人間だろうか。
 幾度となく繰り返された疑問を、少女の心は繰り返す。
 ずっとそうしていると、彼女の体がびくりと震えた。
 夜風に当たり過ぎた体にもう熱はなく、体は冷たくなっていた。
 そんな自分の体に小さな笑みをこぼし、少女は窓をぴしゃりと閉めた。
 冷たい風が体を触ることはなく、しかしまだ部屋にそれは残っている。
 部屋のクローゼットから寝間着を取り出して、手早く少女は袖に腕を通す。
 服に包まれたおかげで、少なくとも体が震えることはなさそうだ。
 部屋の電気を消して、再度ベッドへと潜り込む。
 火照りのなくなった体は、簡単に少女の意識を夢の中へと誘っていった。



Novella

糸繋ぎ、四季踊る
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