楔の森

2019年2月28日木曜日

短編小説

t f B! P L


初出 2014.07.02 こちらのお題を使用

 そこは樹木の迷路か、それとも檻か。
 違いは出口の有無か、いやどっちにしろ差は無いのかもしれない。
 とにかく彼女には、この閉じた森をひたすらに駆け回ることしかできないのだ。
 すでにガラスの靴は砕け散り、むき出しの足に石が、草が、木片が刺さる。幸い雨でしめった土は軟らかいが、それこそ何の慰めにもなりそうもない。
 どん詰まりだ。
 薄笑いを浮かべて、彼女は――シンデレラは足を止めた。目の前の巨木に額をつけそのまま崩れ落ちるように座り込む。
 パーティ用の美しいドレスも面影はすでになく、泥と苔にまみれた布を纏っているだけ。身を守るためのレイピアも、ただ傍らに置いてあるだけでしかない。
 助けが来る可能性もなく、ここの出口も分からない。そして、相手は複数。
 せめて時間を戻してしまえばとは思ったものの、さて、どこまで戻せばいいのだろう。
 こんな深い森の中では12時の鐘だって届きはしない。
「白雪……」
 ほんの数時間前に、友と慕った少女の名を彼女は囁いた。ぽつりと漏れたその音は、誰の耳にも届かぬまま森の一部として消えていく。
 どうしてこんなことになったのかと、答えのない問いがシンデレラの中を渦巻いた。
 いや、答えはもう出ている。
 あの美しかった少女は、しかし彼女が知った時にはもう人ではなかったのだから。
 少女の可憐さも、優しさも、はかなさも。
 全ては偽りに過ぎず、それに気づけなかった自分は、彼女の糸に絡め取られた餌でしかない。
「ご機嫌ようシンデレラ」
 木に向き合っていた彼女の背後。森の木々たちの中から、凜とした声が響いた。
 出会った時と変わらない、美しい声音だ。
「ご機嫌よう白雪姫。なかなか素敵な庭をお持ちなのね」
 最後の矜持とばかりに、毅然とした態度でシンデレラは彼女と、白雪姫と向き合う。
 出会った時と変わらない、かわいらしい姫君に醜悪な悪女の顔が張り付いている。けれど、その中に幼い乙女の麗しさが垣間見れると思うのは――惚れた女の弱みとでも言うべきだろうか。
「あら、シンデレラはこのお庭を気に入ってくれたのね。――お部屋に飾ろうと思っていたけど、いっそこの場所のほうがいいかしら」
 愛らしく口角の上がった唇と、邪気の色にゆがんだ瞳が、今の彼女の全てだとしたら。あぁやはり――
「たしかにこの場所も悪くはないけれど、できれば家に帰して頂けるとうれしいわ」
「あら、ダメよ」
 少女の瞳が笑う。邪悪の色を持ちながら。
「シンデレラは私のモノだもの。ねぇ、そんな無粋な物は捨ててしまいなさいな」
 ゆっくりと近づく彼女から逃げようと足を後ろに引いて、自分が木を背にしていたことを思い出す。もう白雪からは逃げられない。
 シンデレラの右手に、白雪の左手がゆったりと這う。固く握っていた手をほどかれて、重力に従ったレイピアが鈍い音を立てる。
「白雪……」
「この剣、あの人にでももらったの? ガラスの靴より大切だったのね」
 余った右手が、シンデレラの髪を優しく撫でる。愛を語るように、所有権を告げるように。
「あの人は靴がないとあなたを見つけれないのに、壊してしまってよかったの? 可哀想なシンデレラ。どうせもう、あなたのお城には帰れない」
 同情をするような、痛ましいと主張する瞳と、嬉しさを堪えられない唇がシンデレラの視界を支配する。
 だから、白雪の空いた左手が何を持っているのか彼女には知ることができなかった。
「……っ」
 深々と、心臓に突き刺さった剣が、シンデレラを樹木へと張り付ける。
「しら……ゆき」
 苦痛と、激痛と、……悲しみに歪む彼女の顔を、白雪は満足そうにただ見つめる。その笑みが何を意味するのかはシンデレラには分からない。
 ただ一つ。悪くはない。
 そんな想いが、途切れつつある意識の中でシンデレラの胸に産まれた。
「あぁ、素敵。綺麗よシンデレラ」
 深い森の中で、大木に寄り添うように二人の少女の姿が重なり合う。

「これから、ずっと一緒にいましょうね」

Novella

糸繋ぎ、四季踊る
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